【#文春オンライン】「日本にいくらカネをもらってる!」ソウルの路上で『反日種族主義』著者が吊し上げられた【韓国現地レポート】

12月11日正午、ソウルの日本大使館前では水曜恒例の、慰安婦問題をめぐる日本糾弾集会が開かれた。元慰安婦を支援する「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連、旧挺対協)などが主催する集会で、数百人とみられる参加者の多くは中学、高校生、大学生ら未成年や若年世代だ。

「皆さんと同じ年齢のころに、ハルモニ(おばあさん)たちは日本軍に連れて行かれて性奴隷にされました!」

 壇上から毎週繰り返される呼びかけに、いつも通り学生たちが真剣な表情で聞き入っている。ただ、今回の集会がいつもと違うのは、学生たちが集う場所からわずか数十メートル離れた路地に、別の人だかりができていたことだ。

親日派!」「売国奴!」といった罵声が飛ぶ。人だかりの中心には「慰安婦像を撤去せよ。水曜集会を中止せよ」「歴史歪曲。反日助長」と書かれたプラカードを掲げた男性2人が立っていて、自分たちに罵声を浴びせる男を凝視している。 

 プラカードを持っていたのは、日韓でベストセラーとなっている『反日種族主義』の共同著者で「反日民族主義に反対する会」の代表を務める落星台(ナクソンデ)経済研究所の李宇衍(イ・ウヨン)研究委員らだ。

 実は李氏らは1週前の水曜日、12月4日にも、日本糾弾集会と同じ時間に約1時間、第1回となる抗議行動を行っていた。すぐ隣で叫ばれている「日本軍慰安婦は性奴隷だ」「日本政府は謝罪せよ」などのスローガンについて、「それは事実に反している」と静かに訴え続けたのだ。

 11日に李氏らの周りで行われた妨害活動は、4日の活動を韓国メディアが報じられたことを受けて、事前に入念に準備されたものだったのは明白だった。

「恥ずかしくないのか」「何という侮辱だ!」
 韓国人なら誰でも不愉快に感じるであろう「親日派!」「売国奴!」といった罵声だけでなく、現地で筆者が耳にしたのは、さらに激しい罵詈雑言だった。

「おまえ、日本からいくらカネをもらったんだ。恥ずかしくないのか」
「このガキ。ハルモニがまだ生きているというのに、何という侮辱だ!」

 このほかにも書ききれないほどの悪罵が、李氏に浴びせかけられた。この日、李氏は同志ら8人で抗議集会を開いていた。毎回、数百人を集める日本糾弾集会に比べ、規模では全くかなわない。しかも、李氏らの何倍もの市民が“逆抗議”のために集まって、李氏らを取り囲んでいる。

 李氏らは駆けつけた警察官に囲まれ、身体的危害を受けることはなかった。だが、李氏らの抗議集会は冒頭から、自らが糾弾される集会に一変していた。「吊し上げ集会」といった表現がピッタリだ。李氏らに圧力が加えられている光景は実に生々しく、異様な迫力があった。

 物々しく、緊張感に包まれた現場では、複数の現地ネットメディアがビデオカメラを回し、あたまから李氏らを非難するネット中継を執拗に続けていた。見る者の怒りや憎悪を焚きつけるような客観性のない「報道」とはかけ離れた中継だった。

 李氏らを追い詰めるメンバーの熱気はエスカレート。一触即発の危険な状態となったため、警察の勧めもあって、李氏らの集会は約20分で打ち切られた。現場を去る李氏の背中には「おまえ、逃げるのか!」との罵声が浴びせられていた。

小中学生も先生に引率されて慰安婦集会に
 李氏らが正義連に主張しているのは、次のような内容だ。

 慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決を確認」した2015年の日韓合意に基づき、日本政府が拠出した資金やアジア女性基金からの現金が元慰安婦らに支給されていること。さらに、韓国政府からも現金が渡されたことを指摘し、日本政府が過去に謝罪した事実も明かしている。その上で、正義連などに日本糾弾集会を止めることや、慰安婦像の撤去することを求め続けている。

 ちなみに、日本大使館前に設置されている慰安婦像については、日韓合意で韓国政府が次のように約束した。

「日本政府が公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」

 合意から4年。慰安婦像は撤去されず、今も慰安婦問題の象徴として集会の真ん中に鎮座し、崇められている。韓国政府は外国公館前での集会も放任。韓国の小学6年の国定教科書では、日本大使館前での集会の様子がカラー写真で紹介されており、まるで集会への参加を子供たちに奨励しているようだ。現に集会には、「課外学習」と称して、教師に引率された小中学生が参加している。

「来週の水曜日もやります」
 李氏らは慰安婦問題について正義連に公開討論を求め続けているが、正義連は「愛国世論」をバックに、これまで一切討論に応じていない。

 正義連などが小学生までもが動員された集会を開く一方、李氏らは当局のお咎めこそないものの、反日世論から激しい攻撃を受けている。韓国人が韓国国内で、日本との歴史について「異議」を唱えれば、「親日派」のレッテルを貼られ、総攻撃を受ける。李氏らのケースはその象徴的なものだ。

「ゆがんだ歴史観を批判し、歴史の事実を示したい」と筆者に話した李氏。その信念はあれほどの圧力にも揺らいでいないようだ。集会後には次のように語った。

「来週の水曜日(12月18日)もやります」

 いかなる妨害があろうが、李氏らも集会を続ける構えだという。

米大使「斬首」コンテストまで
 日本大使館前での日本糾弾集会が野放しの中、今度はソウルの米国大使館の目の前で、物騒な反米集会が開かれた。その名も「ハリス(駐韓米国大使)斬首競演大会(コンテスト)」。

 主催は「国民主権連帯」と「青年党」で、いずれの団体も10月中旬に米大使公邸に侵入した学生らが所属する「韓国大学生進歩連合(大進連)」とも関係のある親北朝鮮の団体だ。

 集会は12月13日、米国大使館と道を挟んで南側の路上で開かれた。ハリス氏が「文在寅大統領は従北左派(親北派)に囲まれているのか」と発言したとされる件について、大使を“ハリス”と呼び捨てにしながら、「文大統領を従北左派と呼んだ」「在韓米軍への支援金の5倍引き上げは米国の強要だ」「内政干渉総督だ!」などと非難した。

 この日の集会では、「ハリス“帰れ麺”の作り方」と料理番組を称したパフォーマンスや、ハリス大使の写真に鼻毛を貼り付けて抜き取ったり、直前までハリス大使の写真を貼り付けていたサッカーボールをゴールに蹴り込んだりする非礼なコンテストが次々に行われた。米国大使が勤務する大使館の目の前で、参加者の若者たちは笑い声をあげながらハリス大使を批判していた。

 一見すると、日本大使館前で毎週行われる日本糾弾集会と同じようにみえる。ただ、大きく違うのは韓国当局の対応だ。

 この米国大使館前での集会は、国民主権連帯がフェイスブックで事前予告したところ、韓国外務省報道官が集会前日の12日、「駐韓外交使節に対する脅迫が公開的に行われていることについて憂慮を表明し、自制を求める」と、しっかり懸念を示していた。さらに、報道官は「韓国政府はすべての駐韓外交使節に敬意を持って待遇している。駐韓外交使節の身辺の安全と外交公館の保護強化のために万全を期しており、そのために関連機関と緊密に協力している」とまで発言した。

 日本大使館前での非礼な集会が常態化して久しい。ここまで放置し続けた、韓国当局の責任は重い。

名村隆寛(産経新聞ソウル支局長)/週刊文春デジタル