【#JBpress】文在寅年頭会見で判る「日韓歩み寄り」が程遠い理由

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使
 1月14日、文在寅大統領の年頭記者会見が行われた。その中身を見て、現在の韓国の内政、経済、外交上の懸案、およびこれに対する文在寅氏の政治姿勢がはっきりと分かった。

 文在寅氏には韓国の諸懸案について、立場の異なるものとの話し合いを進めよう、立場の違いを埋めようという考えはない。「あくまでも我が道を行く、それは正しい道であると国民を納得させるのだ」という態度が一層鮮明になったと言える。

 言葉では対話や交渉を呼びかけていても、そこには妥協はなく、自己の正当性を訴えるだけである。文政権を論じる際には、あくまでも行動を見るべきであり、言葉を信じてはいけないことを再確認することとなった。

 また、記者会見に臨んだ取材陣も、文在寅大統領が言いたいことを引き出す質問が中心であり、文在寅氏の姿勢を批判したり、確認を取ったりするものではなかった。文政権の言論に対する締め付けが浸透していることを印象付けるものであった。

■ 元徴用工問題で日本側の頑なな姿勢を批判することに終始

 元徴用工問題について文在寅氏が述べたことは、

 〇 韓国政府は既に数度にわたって解決策を提示した

 〇 国会は法案を発議、原告の団体も日韓共同で協議することを提案している

 〇 日本も解決策を提示しながら韓国と一緒に考えるべき

 〇 もっとも重要なのは被害者たちの同意を得る解決策である

 ということである。しかし、この立場は日本側とは全く相容れない。日本はこの問題は1965年の日韓請求権協定ですべて解決済みというものであり、あくまでも韓国国内で処理せよというものである。

 韓国政府が考えていた財団案は、日本として再三受け入れられないと伝えている。次いで出された文喜相国会議長案は、韓国の原告団でさえ批判し、元徴用工の働いた企業を直接名指しはしないものの、日本側にも負担を求めることを前提にするもので、解決策とはならない。まして、文在寅氏が検討するという原告案は、日本が謝罪し、賠償金を支払い、元徴用工の違法性を教育する前提で日韓が協議するというものである。この案については、菅官房長官も全く興味がないと否定しているにも関わらず、韓国政府は原告に寄り添って持ち出しているのである。

 今回韓国側が持ち出した元徴用工問題は、日韓関係の基本を揺るがす問題を提起している。ここで日本が譲歩すれば、日韓は正常化以来の関係を見直し、新たな関係を模索しなければならい状況に陥ってしまう。日本として一切譲歩できない所以である。

 ところが、韓国側の提案はいずれも日韓関係を根本から覆すことを前提になっている。日本がこれに応じていないからといって、関係をこじらす原因を日本に責めを押し付けることはできない。

 文在寅氏は昨年末の安倍総理との首脳会談では、この問題を早期に解決しなければならないことは理解していると述べた。しかし、それは単に言葉の上だけのことで、解決にむけた行動は今日まで一切取ってきていない。

■ 日本企業の資産の現金化は避けられない

 一方で韓国の原告側は、2月に日本企業の株式や特許権などの現金化に着手するという。2月に直ちに実行されないにしても、3月末までには動きが出てくるであろう。4月に韓国の国会議員選挙が行われる。文大統領は、もはや国内の反対派や日本に耳を貸すのではなく、自分の支持層を固める政策に集中している。日本がそれまでに譲歩しない限り、現金化を止めることはないであろう。逆に日本もここでは一切譲歩はしない。

 文大統領は会見で、「強制売却で現金化が行われるまで時間的余裕があまりない。日韓の対話がスピーディーに促進されることを望む」と述べたのはまさに、その現状を反映したものであろう。日本政府は日本企業の資産の現金化が行われれば、日本としても対抗措置を取らざるを得ないことは再三匂わせている。それが韓国経済にとって痛手となることも避けられないであろう。しかし、それでも現金化を強行するのが文在寅氏である。

 その場合の日本側からの対抗措置として、貿易、金融面での措置が言われている。金融面での措置としては、韓国の通貨ウォンが国際通貨でないことから、現在ウォンを介したドルの調達を助けるため日本の銀行が行っている協力をやめることになる。それによって韓国企業のドル調達コストは高まり、韓国企業は一層苦しくなるであろう。そうなれば、韓国政府も対抗措置を取らざるを得ないだろうが、有効な経済的措置が見当たらない場合には、政府高官の竹島上陸や、東京オリンピックの際の旭日旗問題、原発事故に伴う汚染水の問題で嫌がらせをするなど、広範囲な対抗措置になる可能性がある。厄介なことである。

■ 東京五輪に政府高官派遣

 それでも年頭の記者会見で文在寅大統領は、日韓関係について「未来志向的に発展させる意思は強固」だとして、東京オリンピックには「高官の代表が出席することになる」と述べた。念頭には大統領自身の出席があるとも言われ、それを取引材料として日本に譲歩を求めようとしているのかも知れない。また、日本が厳格化した輸出管理措置やGSOMIAなどの問題を解決すれば日韓の信頼回復に役立つと述べた。

 いずれにせよ、文大統領は現実を見ず、自身に都合のいいことばかり述べる従来のやり方のままだった。文大統領については「何を言うか」ではなく、実際の行動として「何をするか」で見ていくしかないであろう。

■ 検察改革に入れ込むのは政府批判勢力一掃のため

 文在寅大統領は会見で、「(曺国前法務部長官について)これまで経験した苦しみだけでも、自分はとても大きなこころの借金を背負ったと考えている」と述べた。さらに、曺長官の任命以降に起きた政治的、社会的な混乱と分裂については、自身の曺長官任命責任については触れないまま、「とても申し訳なく思う」とする一方で、「もう国民も曺前長官を自由にしてほしい」と呼びかけた。

 曺前長官の不正については、裁判の問題だとしつつも、不問にしてほしいとの心情が垣間見える。曺長官があたかも被害者であるかのような発言である。

 曺前長官には多くのスキャンダルが露呈しており、法務部長官としての適格性に問題がある中、強引に任命したにも関わらず、である。

 最近では、曺国氏が青瓦台の民情首席秘書官だった当時、彼が中心となり大統領の側近をも巻き込んで釜山市の柳在洙(ユ・ジェス)副市長に対する監査中断や、蔚山市長選挙介入の疑惑を検察が捜査しているのをもみ消そうと躍起となっている。

 そうした疑惑が持ち上がっている中でも文在寅氏は会見で、「検察の捜査権が節制できないとか、被疑事実の公表で世論操作を行う超法規的な権力と権限が行使されていると国民が感じているため、検察改革が求められている」と主張した。さらに、「(検察が)特定の事件について選択的に熱心に捜査を行い、別の事件はまともに捜査しないとするならば、国民から捜査の公平性に関する信頼を失う」と、検察批判に終始した。

 検察改革は、加速し正念場を迎えている。国会は、検察を抑え込むための高位公職者犯罪捜査処法を自由韓国党抜きで強行採決した。さらに、秋美愛長官の下、法務部は13日、全国の検察庁の反腐敗捜査部など41カ所のうち13カ所の捜査権限を刑事公安部に変える検察職制改編案を発表した。秋長官は8日に、青瓦台を対象にした各種捜査を指揮してきた主要検察幹部らを解職、左遷させたのに続き、捜査部門まで多数廃止してみせた。これによって現政権が検察の腐敗犯罪捜査を抑え込み、青瓦台を検察から守ろうと血眼になっていることが露呈している。

 文在寅大統領の会見での発言は、こうした政権の意図を隠すため、国民の目を検察改革の正当性に向けようとしたものである。しかも、韓国国民はこれまで検察が強引な捜査手法を取ってきたことを思い起こし、検察改革には心情的に共感していることから、文在寅氏の会見は効果的かも知れない。

 このようにして検察の力を一掃した文政権は、4月の国会議員選挙に一丸となり、あらゆる手を尽くしても勝利しようとするであろう。そして、選挙で勝利すれば、「禊は済んだ」として、長期左派政権の確立を目指すことになるだろう。そうなれば最早、文在寅政権の暴走を止める者はない。加えて、韓国が北朝鮮の脅威にさらされ、さらに日韓関係を長期的に冷え込ませることが懸念される。

■ 文大統領は南北朝鮮の協力に前のめり

 文大統領は南北関係について、「今は北朝鮮と米国の対話ばかり見るのではなく、南北協力を増進させながら、米朝対話を促進していく必要がある」と述べた。文氏は南北協力事業の例として、観光や、東京五輪の共同入場と単一チーム構成、2032年の五輪共同開催などを挙げ、「北朝鮮制裁に抵触しない範囲でやれることはいくらでもある。国連の例外的な承認が必要な場合は、それを得るため努力する」と述べ、南北関係の改善に取り組む姿勢を明確にした。

 しかし、文在寅氏の北朝鮮姿勢に対しては、米国のハリス駐韓大使が「我々は南北関係の進展とともに、非核化も進展させたい」と述べるなど釘をさしており、文氏が新年の演説で述べた、金正恩氏への訪韓要請も「米国との協議の下でなされるべきだ」として、米国政府は懸念を示している。

 第一、当の北朝鮮も文氏に対しては冷淡であり、対米交渉の仲裁者としての韓国の役割を認めないばかりか、文在寅政権が進めようとしている南北協力事業も妨害する姿勢である。それでも文在寅氏は、記者に米朝双方が文氏に厳しい姿勢を取ることを尋ねられ、「南北関係は見えない部分が多い。うまくいくと楽観している」、「今は、楽観はできないが、悲観する段階でない」と述べ、北朝鮮融和の姿勢を取り続ける意思を明らかにした。

 文在寅氏の政治姿勢は、米国と日本が要求する北朝鮮への共同歩調に抵抗し、インド太平洋構想への協力は曖昧にし、中国からTHAAD配備に反対を突きつけられれば反論できず、GSOMIAの破棄にも突き進もうとする。東アジアの平和と安定を確保するパートナーとしては心もとない限りである。

 会見で北朝鮮融和姿勢を述べることは想定の範囲内ではあるが、4月の国会議員選挙で勝利したのち、ますます自信を深め、思いのままの政策に邁進することになれば、日米連携から離れ、中国とともに北朝鮮への制裁緩和に邁進するなど、レッドチーム(社会主義陣営)に入っていくことが心配である。

 韓国では大統領は国会には出席しない。行政ばかりでなく立法、司法を抑え、今また検察も抑えた。言論機関も大統領に反抗することはしない。チェックアンドバランスが働かない韓国がこれからどの方向に進もうとしているのか気がかりである。

武藤 正敏