【#文春オンライン】なぜワイドショーは解説しないのか? 「PCR検査をどんどん増やせ」という主張が軽率すぎる理由

 3月14日、安倍晋三首相が新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)の対応について記者会見を開き、「感染者は増加傾向だが、急激なペースで増加する諸外国に比べて増加のスピードを抑えられている」と現状認識を述べました。

 これに対して、ツイッターで様々な反応がありました。その中には、「感染者数が諸外国に比べて持ちこたえているのは検査数が少ないだけだ」として、実態を暴くためにも検査数を増やさなくてはいけないとする主張が散見されました。確かに安倍政権下では、公文書の改ざんや廃棄が平然と行われてきました。感染者数の隠蔽があると考えるのも無理はありません。

 さらに、3月17日にはWHOのテドロス事務局長が会見で、「すべての国に訴えたい。検査、検査、検査だ。疑わしい例すべてに対してだ」と述べ、感染予防対策に検査の徹底が「まだ十分ではない」と指摘しました。これによって、ネットでは「検査推進派」が勢いづいたように見えました。

現場で新型コロナと闘っている医師は軒並み“反対”
 しかし、私はそれでも、新型コロナウイルスPCR検査をどんどん増やすべきだという考えは軽率だと思います。前回の記事で、私はメディアが「軽症でも早期から希望者全員がPCR検査を受けられるように拡充すべき」と煽るのは間違いだと指摘しました。

PCR検査は感染していても陰性と出ることがあり、陰性だから安心と勘違いした人が感染を広げる」「検査のために人びとが病院に殺到すると、病院が大きな感染源になる」「軽症者が病院に押し寄せると人手や病室が奪われ、重症者の治療に集中できなくなる」などが主な理由です( 詳しくはこちらをお読みください )。

 これは独りよがりで言っていることではありません。前回の記事をお読みいただければわかる通り、日本感染症学会が認定する感染症専門医やEBM(科学的根拠に基づく医療)を踏まえた医師の方々も軒並み、「重症化の恐れがあるなど必要と考えられる人に限って行うべき」と発信しています。なんの資格もない「感染症に詳しい医師」ではなく、臨床現場で新型コロナウイルスと実際に闘っているプロフェッショナルが、そう言っているのです。

実際にPCR検査を増やすとどうなるか?
 検査推進派が求めるように、PCR検査を増やすとどうなるのか。今回、検査のことが論争となって、私もあらためてネットなどで発信している医師の方々から、検査の科学的な評価法について勉強させていただきました。その考え方に基づいて、簡単にシミュレーションしてみたいと思います。

 以下、できるだけ簡単に書きますが、数学が苦手で頭がこんがらがるという人は、読み飛ばしていただいて、「 結論 」だけ読んでいただければ結構です。ただし、テレビのコメンテーターや番組制作者、ジャーナリスト、評論家、国会で論戦中の政治家の方々など、新型コロナウイルスの検査について主張する人は、かならず熟読して、理解していただきたいと願っています。

もしも東京都民1000万人に実施したら……
 検査の実用性を評価するには、真の感染者を正しく陽性と判定できる確率を示す「感度」と、非感染者を正しく陰性と判定できる確率を示す「特異度」を考慮しなくてはなりません。新型コロナウイルスPCR検査の感度は高くて70%程度ではないかと言われています。つまり、30%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定されてしまうのです。これを「偽陰性」と言います。

 一方、特異度については不明ですが、どんな検査でも100%はないと言われています。仮に特異度が極めて高く99%だったとしても、100に1人は感染していないのに「陽性」と判定されてしまうことになります。これを「偽陽性」と言います。

 さて、この感度70%、特異度99%を前提に、東京都民1000万人のうち1万人(つまり0.1%)が新型コロナウイルスに感染していると仮定して、都民全員にPCR検査を実施した場合を考えてみましょう。なお、検査対象が感染している(疾患を有している)確率を、「検査前確率(事前確率)」と言います。

 すると、上の(表1)の通り、正しく陽性と判定できる感染者が7000人(1万人×70%)、一方、間違って陽性と判定してしまう非感染者が、9万9900人(999万人×1%)となります。

陽性と判定されても、本当に感染している確率は6.5%
 陽性の検査結果が出た人たちのうち、実際に感染している人の割合を「陽性的中率」というのですが、それを計算すると7000人÷(7000人+9万9900人)×100なので、約6.5%となります。つまり、陽性と判定した人の中で本当に感染している人は、100人のうち6~7人しかいない計算となってしまうのです。

 それだけでなく、実際には感染していないのに、陽性とされてしまう「偽陽性」の人が10万人近くも出てしまうことになります。現在、新型コロナウイルスは指定感染症になっているので、たとえ軽症であったとしても、陽性の人は法律に基づき病院に隔離しなくてはいけません。

「軽症な人は病院ではなく家から出ないようにしてもらえばいい」という意見もありますが、1000万人にPCR検査をすると何の症状もなく元気なのに2週間も家に閉じこもらねばならない人が、10万人近くも出てきてしまうかもしれないのです。人権上、このようなことが果たして許されるでしょうか。

 それだけではありません。実際には感染しているのに、陰性となる「偽陰性」の人が3000人も出ることになります。もしこれだけの人が「陰性だから安心」と誤解して普通に生活することになったら、感染の連鎖が止まらなくなってしまうでしょう。

 このシミュレーションの結果から見ても、「PCR検査をどんどん増やすべきだ」という意見がいかに軽率な考えであるか、ご理解いただけたのではないでしょうか。

では、PCR検査が有効なのはどんな場合か?
 このように、PCR検査は有病率が低い大きな集団に行っても無意味なのです。しかし、だからといってPCR検査自体がまったく無意味ということにはなりません。今度は、仮に200人のうち100人が感染しているクラスター(感染率50%の集団)にPCR検査を行った場合を考えてみましょう。

 すると、上の(表2)の通り、正しく陽性と判定できた感染者が70人(感染者100人×70%)、間違って陽性と判定してしまう非感染者が1人(非感染者100人×1%)となり、陽性的中率は70人÷(70人+1人)×100=98.6%となります。つまり、感染者が多いと予想される小さな集団にPCR検査を行った場合の「陽性」判定は、ある程度信頼性が高いと見なすことができるのです。

 ただし、陰性と出た人のうち本当に感染していなかった人の割合を示す「陰性的中率」を見ると約77%(99÷129×100)です。つまり、陰性と判定されても実は感染している人が20%以上(100%-約77%=約23%)も混じっているので、他の病気が原因と確定診断できない限り、たとえ陰性でも臨床的には「全員コロナウイルスに感染している」という前提で対処するしかありません。

こうした科学的議論に触れないワイドショー
「結論」をまとめます。PCR検査は「感染確率の低い大きな集団に実施すればするほど精度が低くなり、無意味な検査になってしまう」一方で、「感染確率の高い小さな集団に行うと陽性の判定については信頼性が高い。だが、陰性だからといって感染していない証明にはならない」ということです。

 実際、これまで行政が行ってきたPCR検査は、37.5℃以上の発熱または呼吸器症状のある人で、新型コロナウイルス感染が確定した人や流行地域に渡航または居住していた人と濃厚接触のある人などを対象としてきました(「 新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼)令和2年2月17日厚生労働省健康局結核感染症課 」)。 

 その基準が適切かどうかは議論の余地があると思いますが、少なくとも検査前確率の高い人や感染者と濃厚接触したクラスターに検査対象を絞り、判定結果を確定診断や疫学調査に使うという考え方は、間違っていなかったと思います。実はWHOも前述の会見の後の発言記録で、「感染者と接触した人が(発熱などの)症状を示した場合にのみ、検査を行うことをWHOは勧めています」と注釈を付し、火消しに走ったと伝えられています(「東京新聞WEB「 WHO事務局長、検査の徹底要求 専門家に慎重論、火消しも 」2020年3月17日」)。

 テレビのワイドショー等で上記のような「検査前確率」「偽陽性」「偽陰性」「陽性的中率」を踏まえた解説がされたことがあったでしょうか。PCR検査を取り上げるなら、ワイドショーでも解説すべきだと思いますが、少なくとも私は見た記憶がありません。そのような安易な伝え方が、「安倍政権が実態を隠蔽するために、検査数が少ないのだ」という陰謀論を生む温床にもなってしまっていると思います。

 もし、上記の行政検査の条件に当てはまるのに保健所がどんどん検査を断っているとか、陽性の結果が出ているのに陰性と改ざんしているといった事実があり、その裏で安倍政権が動いていたことが明らかになったならば、「安倍政権が隠蔽している」と糾弾すべきです。その場合にはぜひ、 文春リークス に情報提供してください。

 しかし、それを裏付ける証拠がないのに「検査数が少ないのは、隠蔽しているからだ」と発信すると、フェイクニュースになってしまいます。少なくとも、「もっと検査を増やすべき」と言うなら、陰謀論で語るべきでなく、上記のような検査の評価を踏まえたうえで、「それでもやるべきだ」と、医師や社会も納得するような説得力ある議論をすべきです。

HIVの抗体検査でも「偽陽性偽陰性」の問題はつきまとう
 3月6日からPCR検査が保険適用となり、ドライブスルー検査などもするべきと言われています。今後、検査がどんどん広がっていくと、偽陽性偽陰性が多発していくかもしれません。さらには近い将来、血液検査で新型コロナウイルスの感染の有無が判定できる「抗体検査」が実用化されるでしょう。「PCR検査がダメなら、抗体検査を全員にやればいい」という主張も出てくる可能性があります。

 確かに、C型肝炎ウイルスHIV(ヒト免疫不全ウイルス)などでも、感度、特異度がともに95%を超えるような、高い精度の抗体検査が実施されています。しかし、それでも100%ではなく、「偽陽性」「偽陰性」の問題が必ずつきまといます。事実、HIVの抗体検査についても、医療従事者向けに次のような注意喚起がされています。

「現在使用できるスクリーニング検査は感度・特異度とも非常に高い優れた検査ですが、常に偽陽性の可能性があり、これは感染率が低い集団で検査を行う際に特に大きな問題となります。スクリーニング検査陽性の段階で結果説明を行う場合には、必ず偽陽性の可能性を念頭に置く必要があります」(国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター「 HIV感染症の診断 」)。

政治的立場に囚われない“冷静な対応”が求められている
 こうしたことを踏まえずに、抗体検査の拡充を訴える主張を安易にテレビやSNSで発信してはいけません。新型コロナウイルスの抗体検査についても、専門家による精度評価や運用方法についてコンセンサスが定まってから、適切な情報を伝えるよう努めるべきです。

 ツイッターを見ていると、「検査慎重派=安倍支持派=ネトウヨ」「検査推進派=反安倍派=リベラル(サヨク)」といった構図があるように思います。私も、このようなことを書くと「ネトウヨ」認定されるかもしれません(笑)。

 しかし、反安倍派だとしても、検査の科学的な評価の方法を知れば、検査件数を安易に増やすべきではないことは、理解できるはずです。政治的立場に囚われない冷静な対応こそが、新型コロナウイルスの早期終息に寄与する。そう私は信じます。

 なお、本文はEBMの実践家として知られる武蔵国分寺公園クリニック院長/CMECジャーナルクラブ編集長の名郷直樹医師の監修を受けました。

【参考】さらに詳しい情報を知りたい人のために
 事前確率、感度、特異度、陽性的中率など、検査の評価法について理解を深めるには、以下の動画やサイトが参考になります(それぞれ、仮定している検査前確率、検査対象者数、感度、特異度が違うので、シミュレーション結果も異なることに注意してください)。

《もっともわかりやすいと思った動画》
●現役医師プロポ先生のYouTubeクリニック
「 【医師解説】全員にコロナウイルス検査をしても意味がない理由 」2020年2月27日
「 【医師解説】コロナウイルス検査を行う人をきちんと選ぶべき理由 」2020年3月4日

医学生向けのわかりやすい動画》
●Dr.Gとたむけん先生の臨床医学入門
「 COVID‐19のPCR検査(検査前確率の復習に) 」2020年3月1日

PCR検査について一般向けの解説》
●「 今日から新型コロナPCR検査が保険適用に PCRの限界を知っておこう 」(国立国際医療研究センター・忽那賢志医師、Yahoo Japanニュース 2020年3月6日)

《専門的なので、ちょっと難しいですが》
●「 新型コロナウイルスSARSCoV-2)のPCR検査の意義をEBM的思考で考える 」(南郷栄秀、The SPELL blog、2020年3月3日)

●「 続・新型コロナウイルス感染症との闘い ― 感染拡大とPCR検査の保険適用 」(キヤノングローバル戦略研究所、鎌江伊三夫研究主幹、2020年3月11日)

鳥集 徹