【#東洋経済オンライン】今なら日本の「医療崩壊」は食い止められる

新型コロナウイルスによる患者数が急増するイタリアやスペインでは、ベッドや医療物資の不足が深刻化している。日本でも爆発的患者急増(オーバーシュート)が始まれば、こうした医療崩壊が懸念される。
東京都では感染症の指定病床数が118床に過ぎないのに対し、ピーク時の入院患者数は1日2万人を超えると推計され、ベッドの確保を急いでいる。
医療崩壊を食い止めることができるのか。症状が出ていない人や軽症者はどのような行動をとればいいのか。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の委員で、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長に話を聞いた。

■医療体制が壊れてからでは遅い

 ――3月19日の専門家会議の提言では、オーバーシュートが始まっていたとしても、気づいたときには制御できず、ヨーロッパのような医療提供体制が崩壊状態に陥るとされています。日本でも、イタリアのような医療崩壊が起こり得るのでしょうか。

 いま、日本は爆発的な感染には至っておらず、なんとか持ち応えている状態だ。しかし、想像以上に欧米、特にイタリア、フランスの状況が悪化している。入国制限をかけたとしても鎖国しているわけではないので、今までのように特定の感染ルートに注意するだけでは対策は間に合わなくなってくる。

 2009年の新型インフルエンザ流行時は、外来に長蛇の列ができるなど医療機関が混雑したが、医療崩壊は起こらず、通常のプラスアルファ程度で収束した。今回の患者数は新型インフルエンザより圧倒的に少ないため、すぐに医療崩壊は起こり得ないだろう。しかし、流行拡大がくすぶっている状態で、手をこまぬいて待つわけにはいかない。医療体制が壊れてからでは遅く、まだ粘っているうちに対策を打つべきだ。

 今の医療体制では、PCR検査で陽性ならば、元気な人でも感染症の指定病院のようないわゆる「大きくていい病院」に入院してしまう。感染症法では、入院治療の必要のない軽症者も含めて措置入院(強制的な入院)の対象にしているからだ。しかし、これでは重症者が病院に入院できなくなる。軽症者や無症状の陽性者を、高度医療を行う医療機関(の入院対象)から外せるようなシステムを作らなければならない。

 ――現状では、軽症患者を指定感染症病院以外に移せないのでしょうか。

 感染症法では、指定医療機関ではないところへ入院できることになっているが、そうされていないのが現状だ。回復しているが、PCR陽性の人を一般病院や自宅、宿泊施設のようなところに移してもいいのではないか。

 新型コロナウイルスで重症化するのは感染者の約2割。8割は軽症のまま治る。人工呼吸器が必要なのは5%程度で、人工心肺装置を使わなければいけない重度の肺炎患者はさらに少ない。

 ただ、これはインフルエンザよりも多く、高度な機械を使う専門的な医師数は限りがあるため、こうした病院にはできるだけ重症者を集めるようにすべきだ。人工呼吸器も必要なく、様子を見るだけでよい人は一般病院や自宅療養でいい。

 ――院内感染が起こり、診療を中止した中核病院もあります。医療崩壊を防ぐために何が必要ですか。

 1つの病院が救急も重症者も受け入れ、外来もたくさん診ることはできない。それを求められているのが国公立病院などの中核病院だが、医療崩壊を防ぐには重症度別に患者を分け、役割分担をすることが必要だ。新型インフルエンザの行動指針に沿う形で、医療機関の役割分担がすでに可能な自治体もある。しかし、実際の費用負担や防護服など感染予防に必要な道具が足りないなどの課題を抱えている。

■まずは早急に人材の確保を

 ――専門家会議の提言では、地域の患者集団(クラスター)対策を指揮する専門家を支援する人材の確保や、保健所への人員と予算の投入を挙げています。

 2009年の新型インフルエンザ発生時に強く提言したのが、疫学調査クラスター対策を指揮する人材を各自治体に集めなければいけないということだ。

 だが、人材は増えず、むしろ減っている。例えば、国立感染研究所は(研究者の)定員削減のあおりを受けている。自治体の保健所や衛生研究所も、統合や部署縮小で危機的時に対応できる経験豊かな人が少ない。今、保健所は対応に追われ、疲弊している。まずは早急に人の手当をしなければならない。

――PCR検査は保険適用されたことで今後、検査件数は増えるのでしょうか。

 精度と速さを求めなければ、(検査の)数をこなすことはできる。当研究所では、朝持ってきた検体はその日の夕方に結果を出せるが、検査件数が増えれば、重症者など肝心な人の検査結果が遅くなる。つまり、「心配だから検査をしてください」ということをやっていたら、検査全体のスピードが低下する。

 PCR検査は、精度や安全性が担保された民間検査会社や医系大学に協力してもらう仕組みがすでにできている。だが、新型コロナウイルス感染症は指定感染症のため、検体を運ぶには容器に入れた検体が万一でも外に漏れないように三重に包装をする。空路を使ってはいけないなどの厳重なルールがある。輸送中に盗まれるなど、テロを想定した法律上の仕組みができているからだ。こうしたルールの枠をある程度外していくことで、多くの施設で検査が可能になる。

 臨床ではまだ承認されていないが、抗原反応による検査(イムノクロマト法)という簡便な検査も使えれば、精度はPCRに及ばないものの、臨床の現場で答え(結果)が出るようになるだろう。

■集団免疫効果はまだよくわからない

 ――免疫を持つ人が増えることで流行を阻止する「集団免疫効果」は期待できるのでしょうか。

 もちろん期待したいが、免疫の効果は現時点でわからない。下痢症状が出るロタウイルスなどは、初感染(最初に感染した時)が一番重くなり、何度かかかっているうちに軽くなる。またデング熱のように、一度感染して抗体ができると2回目はむしろ重症化しやすい感染症もある。

 感染症は、すべてが「二度かからない病」というわけではなく、「1回かかれば大丈夫です」とは簡単には言えない。

 ――新型コロナ特別措置法が改定されました。緊急事態宣言は必要ですか。

 私は、新型インフルエンザ流行時の特措法を取りまとめる委員長を務めていた。この法律は想定以上の緊急事態を考えれば、あった方がいい。特に自治体は法律に基づいていろいろなことを行うため、緊急事態宣言を出せば、かなり強い行政的対応ができるようになる。

 しかし、この法律はよほど重い病気や広がりやすい病気を想定しているので、乱発されては困る。政治的判断だけで宣言できないように、医学を中心に社会や経済面へのインパクトを考える専門家の意見を聞くことになっている。また全国一斉にではなく、各自治体がその実情を判断して行うことになる。

 この病気が特措法を持ち出さなければいけないほどの病気かどうかは、今でも疑問が残る。だが、新しい病気であり、世界全体が非常に危険な病気という意識で動いているため、日本だけが何もしないというわけにはいかないだろう。社会的なインパクトの強い病気になってきた。

 ――重症化しやすい人たちへの対策はどうすればよいのか。

 重症化しやすいのは高齢者や基礎疾患がある人たちだ。基礎疾患がある人は、その疾患であること自体が重症化の要因ではない。例えば、糖尿病が危険なのではなく、適切な治療を受けずに血糖値をコントロールしていない人がハイリスクになる。重症化させないためには、通常の保険医療体制を維持し、健康診断や通常診療を維持しなければならない。

 医療崩壊が起これば、(医療機関は)新型コロナウイルス患者であふれ、普段の医療も継続できなくなる。なんとか維持するためには、軽症者を含む感染者全体の母数を小さくしないとハイリスクの人も守れない。

■緊張を強い続けると本番前に疲れ果ててしまう

 ――軽症者はどのように行動すればいいのでしょうか。

 インフルエンザと同じだ。現役世代はインフルエンザで入院することはほとんどない。治療をしなくても5日も休めば治る。一方、こうした年齢層の感染が広がらないことで、高齢者や子どもなどへの感染を防ぎ、犠牲者が減る。

 症状がないのに感染を心配して医療機関に行くと、そこで感染したり、ハイリスクの患者が順番待ちで受診できなくなったりする。だから多くの人にインフルエンザの予防の大切さを呼びかけている。安心感を与え過ぎると軽症者が自由に動いてしまい、重症化しやすい人に感染させてしまう。今は難しい局面だ。

 専門家会議で意見が割れたのは、3月19日時点で自粛などを強化するのか、それとも緩めるのかだ。強化すれば、これ以上の感染の広がりを防げるだろう。しかし、緊張を強い続けると、本格的な流行が来る前に疲れ果ててしまう。一般の人だけでなく、行政担当者や医療関係者も疲弊した状態になる。今の流行状態を維持する程度にとどめて、ちょっと息をついてもいいのではないかと。私の意見は後者だったが、多くの人の心理は「のびのび」としてしまったようだ。

 学校については、全国一律で感染者が出ていない地域でも休校するのは、感染抑制効果以上に、学校や家族への負担などのデメリットが大きい。子どもの感染者は国内外でも数%程度で、重症者はさらに稀だ。もちろん患者が学校で発生したときは警戒する必要がある。地域別に状況を見て判断すべきではないだろうか。

 医療についても病院が密集している地域もあれば、少ない場所もある。人口も年齢構成も異なり、感染拡大状況も地域によって異なる。全国一律ではなく自治体で判断するほうが、より実情に即することができるだろう。ただし、近接地域は自治体間での話し合いが重要になる。

井艸 恵美 :東洋経済 記者/石阪 友貴 :東洋経済 記者