【#現代ビジネス】韓国・文在寅政権の誤算…狂った日韓の「コンノリペ」が招く泥沼

韓国政府の「読み」は甘かった
 韓国政府は11月22日午後6時、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告を凍結すると発表した。破棄まで6時間という切羽詰まった段階での決断だった。

「日本が輸出管理規制措置を撤回すれば、GSOMIAの延長を検討できる」。これが、文在寅政権が掲げた原則だった。そして、その根底には「GSOMIA延長のため、米国は遮二無二努力するだろう。日本に措置撤回を働きかけるはずだ」「仮に米国が日本の説得に失敗しても構わない。日韓GSOMIAがなくても、韓国は困らない」という状況判断と読みがあった。

 韓国語でこうした状況判断を「コンノリペ」という。囲碁用語で、「どちらに転んでも自分に有利になる指し手」という意味だ(韓国では囲碁用語をよく日常で使う。2014年に韓国で大ヒットしたドラマ「未生(ミセン)」は、囲碁用語の「局面をどちらに導くかわからない石」という意味だった)。

 韓国の国家安全保障会議(NSC)が8月22日に決めた日韓GSOMIA破棄は、まさにコンノリペになるはずだった。

 だが、結果はGSOMIA破棄の凍結──。その条件だった、日本の輸出管理規制措置の撤回は確約されたわけではない。韓国内では「原則の放棄だ」という声が上がった。

 コンノリペが狂った背景には、文在寅政権の米国に対する読みの甘さがあった。

利用されそうになり、怒った米国
 11月6日、韓国大統領府でスティルウェル米国務次官補に会った金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長は「私は、米国を利用しようなどと考えたことはない」とまくし立てた。

 金氏が反発したのは、スティルウェル氏が4日、バンコクで尹淳九(ユン・スング)韓国外交部次官補と行った会談での発言が原因だった。スティルウェル氏は「GSOMIA破棄を言い出せば、米国が日本に輸出措置の撤回を働きかけると計算したのだろうが、米国は仲裁しない」と通告したという。

 韓国が米国を頼りにしていたことは明らかだった。11月15日、文在寅大統領は大統領府でエスパー米国防長官に対して「安保の問題で信頼関係がないとする日本との間で、軍事情報は共有できない」と主張する一方、こうも語った。

 「我々だってGSOMIAを延長したい。だが、延長するためには名分が必要だ。我々ばかりでなく、日本も説得して欲しい」。

 米国が輸出規制措置の撤回を日本に飲ませれば、自分たちもGSOMIAを延長できる、そう言いたかったわけだ。

 それでも米国はすぐには動かなかった。自分たちを利用しようとした韓国に不信感を持ったとみられる。

 韓国にはまだ最後の手が残っていた。ホワイトハウスだ。金鉉宗氏はGSOMIA破棄通告後、周囲に「ハウス・トゥ・ハウスの関係はうまくいっている。心配ない」と語っていた。

 すなわち、ホワイトハウスとブルーハウス(青瓦台=韓国大統領府)との関係は良好だから、GSOMIAを破棄しても、安全保障に関心がないトランプ米大統領は怒らないだろうという計算だった。実際、トランプ大統領がGSOMIAの件で、文在寅大統領や安倍晋三首相に電話をかけるという事態には至っていなかった。

 11月18日、金氏はワシントンに向かった。ホワイトハウスで「輸出規制措置の撤回がなければ、GSOMIA延長もない」という自分たちの主張を認めてもらうためだった。

 だが、面会したポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)の答えは、「GSOMIAは延長してほしい。日韓関係の問題は両国で解決してほしい」とにべもなかった。

 この会談が契機になった。後は22日の電撃的な発表へ向かうしか、文在寅政権には残された道はなかった。

「不気味な予兆」
 金鉉宗氏がソウルに戻った翌日の11月21日、韓国保守系大手紙・朝鮮日報が「米国が在韓米軍第2師団所属の第1戦闘旅団の撤収を検討」と報じた。この旅団は歩兵約4000人、戦車50両以上などで構成されている。この報道を不気味な予兆と捉えた韓国の軍事専門家は大勢いた。

 「在韓米軍は2万8500人、4000人減ってもまだ2万人以上いる」という計算は早計だ。この第1戦闘旅団は在韓米軍唯一の歩兵部隊である。残る在韓米陸軍には、多連装ロケットを主力とする砲兵部隊とアパッチ攻撃ヘリを主力とする航空支援部隊、計約7000人しか残らない。海軍は司令部だけだし、空軍兵力は1000人程度に過ぎない。残りは、連絡将校など非戦闘要員ばかりだ。

 韓国政府元高官は「第1戦闘旅団がいなくなっても、米軍のインド太平洋戦略には何の影響もない」と語る。米軍がインド太平洋で想定する最大の脅威は中国だ。中国に対抗するのは弾道ミサイルや海空軍であって、陸軍ではない。

 韓国の軍事専門家は、日本の一部専門家が指摘している「在韓米軍の撤収」はあり得ないという見方で一致している。私は11月、豪州を訪れたが、当地の専門家たちもやはり「在韓米軍が朝鮮半島からいなくなることは考えられない」と答えた。理由は中国だ。

指揮権は韓国軍に移るのか?
 海外の米軍基地で最大の規模を誇る京畿道の平沢基地(キャンプ・ハンフリーズ)は、黄海を挟んで中国と指呼の距離にある。米軍をできるだけ、中国領土に近づけないという「接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略」を取る中国に対し、第1列島線の内側に存在する在韓米軍と在日米軍の基地は貴重な存在だ。

 ただし、米国が、韓国が思い描くように在韓米軍を使うとは限らない。米国は今後、在韓米軍を「北朝鮮の脅威」ではなく、中国に対する抑止力として使う可能性が高い。歩兵部隊が撤収すれば、在韓米軍が朝鮮半島外に展開する余地が更に広がるからだ。

 そして、「米韓同盟に頼りすぎない国防政策」を掲げる文在寅政権は、知らず知らずのうちに、こうした米国の戦略を後押しする結果を招いている。

 朝鮮半島有事の際の作戦統制権(指揮権)を、米軍から韓国軍に移管するという政策だ。

 米韓両軍は連合軍という形態を取る。同盟軍である日米の場合、それぞれに独自の指揮系統があり、常に調整メカニズムと呼ばれるシステムを使って歩調を合わせている。一方で米韓連合軍の場合、指揮系統は1本で、現在は在韓米軍司令官が米韓連合軍司令官を兼ねている。

 米韓は、有事の指揮権を韓国軍に移すには3つの条件が必要だとしてきた。(1)韓国軍による指揮統制能力、(2)北朝鮮の核・弾道ミサイルに対する韓国軍の初期対応能力、(3)朝鮮半島周辺の安全保障環境の安定──の3条件だ。

韓国の革新勢力が信じる「神話」
 従来、韓国の保守政権は米韓同盟の弱体化を恐れ、指揮権の移管に慎重な姿勢を示してきた。だが、文在寅政権は11月15日にソウルで開いた米韓定例安保協議(SCM)で、3段階に分けた3つの条件の検証手続きのうち、第1段階の検証が終わったとし、来年に第2段階の検証を進めることを確認した。

 韓国の軍事専門家は「文政権はおそらく、任期末の2022年5月までに指揮権の移管を狙うだろう」と語る。「米軍は、韓国軍に有事の指揮権を取られても、朝鮮半島から出ていかない」。そう判断しているからだ。

 だが、在韓米軍は文政権発足後、朝鮮半島に駐屯する国連軍の強化を進めている。在韓米軍との兼職者を減らし、英、豪、カナダなど国連参戦国の将校を多数登用しているのだ。有事の際、在韓米軍が参加する米韓連合軍の役割を可能な限り小さくし、代わりに朝鮮半島外から増援される米軍が参加する国連軍を中心にする戦略を練っているとされる。

 文在寅政権を支える韓国の進歩(革新)勢力には、2つの「神話」があるとされてきた。

 その1つは、「北朝鮮は絶対に韓国を攻撃しない」という神話、2つめは「米国は自分の利益のために在韓米軍を派遣しているため、絶対に撤収しない」という神話だ。

 進歩勢力には、1970~80年代に学生運動保守系軍事独裁政権と対峙した経験者も多い。当時の軍事政権を支えた米国に不信感を持ち、独自の人脈を築いてこなかった。米国の東アジア戦略について詳しく知る者も少ない。

 同時に、独裁政権と体制競争を繰り広げた北朝鮮にシンパシーを感じる人も少なくない。北朝鮮にばかり目が行ってしまうため、米国のアジア太平洋戦略の主眼が、対北朝鮮から対中国・インド太平洋に移っているという現実を十分理解できない。冷戦構造を引きずった陸軍主体の在韓米軍が米国の重荷になっているという現実を、なかなか受け入れようとしない。

 今韓国では、「米軍は絶対に撤収しない」という神話は、「米軍は撤収しないが、米韓同盟は変質する」という内容に書き換えられようとしている。

安倍政権にとっても「コンノリペ」
 米国は今回、最終盤の11月21日になって、日本政府に「韓国にGSOMIA延長のための名分を与えてやって欲しい」と根回しを始めた。韓国に「米国はお前たちの言いなりにはならない」と十分思い知らせた以上、GSOMIA延長に向けた仲裁に乗り出さない理由はなかった。

 実は、今回のGSOMIAは安倍政権にとってもコンノリペだった。

 政府関係者の1人は「韓国がGSOMIAを破棄してもらっても一向に構わない。文在寅政権は北朝鮮や中国の陣営に入ろうとしている。文政権が終わった後で、GSOMIAを復活させれば良いではないか」と語っていた。

 そうした認識が、22日のGSOMIA合意に際し、「日本は全く譲っていない」という与党関係者の相次ぐ発言につながった。

 韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長は24日、「最近、韓日合意の発表前後の日本側の幾つかの行動に、深い遺憾の意を示さざるを得ない」と反発。「今後、このような行動が続けば、交渉の進展に大きな困難が生じる」と警告した。韓国政府当局者も、「譲っていない」という安倍首相の発言について「良心に従った言葉なのか」と不満を表明した。

 安倍政権と与党関係者の強気な発言の背景には、上述したような「文在寅見限り論」のほか、強引に合意に持っていこうとした米国に対する不満を、韓国にぶつけた側面もあったのだろう。

 だが、果たしてそれでよいのだろうか。

 なぜなら、日本政府は自民党政権だった1976年、在韓米軍撤退を公約に掲げて登場した米カーター政権に対し、撤退を思いとどまるようロビー活動を仕掛けていたからだ。

 当時の外務省幹部らによれば、韓国の朴正熙政権はカーター政権と折り合いが悪く、十分な説得活動ができずにいた。見かねた日本政府が、ワシントンの日本大使館を中心に、米政府や議会に「在韓米軍の撤退は、日本を含む東アジアの安全保障に深刻な影響を及ぼす」として思いとどまるよう働きかけたという。

東アジアのパワーバランスが変わる
 40年前と比べ、東アジアの安全保障情勢は好転したとは言えない。ソ連崩壊で一時期急減したロシア極東軍の活動も再び活発化している。中国軍についていえば、その伸長ぶりは目を見張るものがある。

 さらに、米国がロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱したことを受け、中国が8月、米国の新たな中距離ミサイルを配備しないよう日韓に警告したことが明らかになった。

 日米関係筋などによると、王毅中国外相が8月の日中韓外相会談の際、河野太郎外相(当時)と康京和(カン・ギョンファ)韓国外相との個別の会談で、それぞれ「日本(韓国)に米国の中距離ミサイルが配備されれば、両国関係に重大な影響を及ぼす」と警告した。

 日本の中国専門家らは、来春の習近平中国国家主席の訪日が終われば、この問題が、東アジアの安全保障の最重要課題に浮上するだろうと予測している。

 北朝鮮も不気味な動きを示している。北朝鮮メディアは、年末までに米国が北朝鮮に対する敵視政策を撤回しない限り、「新しい道」を選ぶと警告している。11月28日にも、金正恩氏の視察のもと、「超大型ロケット砲」(朝鮮中央通信)の試射を行った。日本の海上自衛隊イージス艦は11月初めから、北朝鮮弾道ミサイル発射に備え、日本海に常時展開する態勢に入った。

牧野 愛博